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<<はじめに>> 出版社のためにこの本を書くことを決めた時点では、私は取り立ててメル・ギブソンのファンではなかったことを告白しておく。 このことは何も彼の俳優としての業績にケチをつけるといってるのではない。もしそうなら書くことなど引き受けなかっただろう; つまり今までこれといって特別な関心を彼に払ったということがなかったというだけだ。出演作は全部見てなかったし、見たものでも彼が出ているということよりもそこに描かれているストーリーやジャンル、背景あるいはカメラの後ろにいる人物の才能やらに気を引かれるのがもっぱらだった - それが映画について書く物書きとして興味の眼の第一の付けどころなのである。 映画を愛するすべての人々と同じようにわたしにもごひいきのスターはいる。だが彼らは実に多くの人間が協力しあって一つの作品を作るチームの中でも嫌でも一番目立つ存在であり、興行収入に多大な貢献をしてるにも関わらず実のところ映画を「作って」はいないのだ - だから言うまでもなく脚本を書いたりとか演出をするということもなかった。 そんなわけで彼らを取り上げて本にしようという気はこの私にはさらさらなかった。 それなのに一人の大スターのキャリアを調べてみようという気にさせた裏にはある種の心境の変化があった。そういうものを書くことは何か新しいことに挑戦するということだけでなく、もし幸運に恵まれてそこにめざすテーマを見つけることが出来たらまた一つ新しいことを学ぶ楽しみが増えるというもの - 書き手にとって大切な発見はまた読者にとってもそうであることを信じるに至ったのだ。 こうして出版者からこの企画を提供された時じっくり注意深く考えた。メル・ギブソンは大スターだ。オーケイ;これより大物はそうはいない。だがそんなことより彼は優秀なフィルムメイカーの何人かと一緒に働いたということもある。そして今は自らのプロジェクトを製作することに着手し始め、それらを監督することさえやっている。そこには記すべきことはもしかしたらゼロか、あるいはあってもほんの少しということになって結局私の本のタイトルがMel: The Actorなんて事になる恐れのために、尻込みしてしまうかもしれない。 だから承諾の返事をし仕事に取りかかってしばらくした時、私は心の底からラッキーだと思ったものだ。 リサーチをし、The Films Of Mel Gibsonを書いていく過程(その中にはすべての彼の映画を観ること、一度見たものも再びじっくり観察することも含む)で証明されたのは私の目から鱗が落ちたこと、そして書く価値がある経験だったということだ。 私はそこから新しいことを学んだ - 実際とてもたくさんの事を - 俳優メル・ギブソンについてだけでなく、いわゆる映画批評界の呆れるほどの浅薄で偏狭な捕らえ方とその量の多さもだ。彼らはギブソンの人気者にふさわしい外見に惑わされ、あるいは先入観に捕われ過ぎている。評価されるべき値うちのある彼の演技の才能や、映画作りに対しての情熱的な献身の両方は(あのハムレットのあとでさえ)真剣に取り上げられることはめったになかった。 簡単に言おう。彼にはスターの素質以上のもの、歴然と目立つ素質があるのだ。それは何もオスカーを得たことによってその兆しが認められつつあるわけじゃない。それは始めから存在していたのだ。 ****** |