彼を初めて見た印象をズバリうまい一言で代弁してくれるのは、Hamletでの共演者ヘレナ・ボナム=カーターだ。
「こうだろうと思ったより彼は小柄な人だったわ。でもそんな事どうでもいいと思わせるのがあの眼よ。女なら愛さずにはいられないタイプの男。さらに男も彼を好きになる、そうじゃない? それが彼の独特の魅力ね」
オスカーの1ヵ月後、彼はロパータと共にブルーノのレストランに出かけ、再び我々を感銘させる事になる。ニューヨーク中のレストランをリストアップした" ザガート・サーヴェイ"によれば;「成熟したロタリオ(戯曲の主人公。女たらし)のためのミッドタウンにある上質のイタリアン...」こじんまりした値段も手ごろな店だ。メルは濃い色の何やらまだら模様のジャケットに、首までボタンアップした黒いシャツ、ジーンズ、カウボーイブーツといういでたちで、ほとんどGoodfellas[グッドフェローズ]のセットからさまよい出て来たって感じ。
「ここで僕らは何ができると思う?」ニタニタ笑い。「たばこ、さ」マルボロを1本振り出して火をつける。
我々は一段高くなったフロアの隅の席に通され、メルが他の客とちょうど背中合わせになるように座った。他人の注意を引かないようにしている。彼の目の前の大きなガラス面にその名声と運がしっかり反映してはいたが。
すぐにパンのバスケットが来て、続いて知り合いにめざとく見つけられる。
「やぁ、おじゃまかな。ヴァーティカル・ヘルスクラブのトム・ディナタルだ。また会えて嬉しいな」厚い手を差し出す。握手。
「ここんとこクラブで見かけなかったね?」「うん、ちょっとした手術を受けたんでね」
「オスカー受賞おめでとう! またクラブに戻って来るでしょ?」「ありがとう。もちろん」
「それはよかった」再びゆっくりした握手の上下運動。「本当にまた会えてよかった!」
決して終わりが来ないよう。このような幾らか特別な時には侵入者たちの反応の型も様々だ。彼の姿を認めてささやかな微笑みを贈るだけの人から、それこそ奇怪な行動に走るファンまで実にいろいろ。これも人情の自然な発露だろうが。
「Lethal Weaponのロケでフロリダのホテルにいた時のことさ」
「僕らはガードマンをおいた。なぜなら凄くおかしなファン達に囲まれていたから。誰かが盛んにドアをノックする。誰だ?オーケイ、そこらにガードマンがいるんだからファンは上には上がれないはずだ。そう思ってドアを開ける、そしたらそこにいたのは....わかるだろ。僕に飛びついて " きゃあーっ、私のメッセージを受け取って!お願い、おねが〜い!!" "た・す・け・て〜!" 彼女はきっと変人に違いない、だろ?」
笑う。でも彼の戸惑いは完全に隠しきれない。
「そうに違いないんだ。ガードマンは力づくで彼女を僕から引き離して、引きずり降ろさなきゃならないくらいだったんだ。すると彼女はこの上なく下品な仕種をしたよ.....なんでこうまごつく様な事に出逢っちゃうんだろう。でも実際そういうのがある。我々はみな弱くて迷える子羊さ」
メルはロパータの皿からパスタをくすねてパクついている。自分の頼んだものより気に入ってるのだ。この俳優はまたステーキを味わうにも実に飾り気がない。血の滴る肉のひと切れを指でつまんで歯で噛みちぎる。まるでナショナル・ジオグラフィックのホオジロ鮫特集を見てるみたい。大きく引き上げられた唇、よく動く歯、おまけに目玉までひっくり返して....最後に3噛み加えて飲みこみ、指をきれいに舐めている。
「みんな悪意があるわけじゃない。僕はいつも安全さ。割り合いからいけば、その手のハプニングは少ないと言えるね」半分の笑い。「あっても忘れるようにしてる。だけど........ま、オーケイさ」
彼はふだんは温和だが、ことタブロイド新聞の無礼な攻撃からの生き残りの話となると別だ。
「紙とペンを持ってていねいに "あなたは今有名人ですが、それがどういう事かわかりますか?" なんて言ってくる奴なんて誰もいないよ」深く息をつく。
「けど.....オーケイ、僕は確かに大物なんだろうよ。取り引きできる。それにもちろんそうする価値があるんだろうな。だって凄く好きな事をしてるんだから。そして相当なものをもらってる」微笑む。まさに1作につき2000万ドルの微笑み。「そしてそれはいつも明日のためのステップになる」
俳優で監督でプロデューサー、そしてオスカー受賞者のメルは、いくつか信じられないような才能に恵まれているが、こうして向かい合ってみるとハリウッド広しといえ、彼ほど大きな運に恵まれた人も稀かもしれない。
「ありゃまさしくLuck of Irish(アイルランド人のつき)ってやつだった」とはMad Max 2で共演したウェズ役のヴァーノン・ウェルズの証言だ。
「よく覚えてるよ。カジノにいたんだ。俺がスロットをやってる所へメルがおしゃべりに来た。隣のマシンに寄りかかってね。そこへおせっかいな婆さんがやって来て "悪いけど遊ばないならそこからどいてくれない?" って言うからメルは20セントをマシンに放り込んでハンドルを引いた。しゃべりながらだよ。で、大当たりさ!
それ以来ずっとその調子だ。連勝ってやつだね」
賭けに常に勝つために支払う代償は匿名性を失う事よりさらに測り知れない苦悩があるだろう。
「大金を稼ぎまくっている事についてある時ふっと人は気が咎めるものだわ」とはジョディ・フォスター。
「彼はそれを感じてると思う。ある種の罪悪感のようなもの。でもそうじゃない人っている? 聖人じゃあるまいし。はっきり言うわ。あれだけのギャラに見合う仕事をきちんとこなし、この世界で大きな成功を手にし、かつ多くの人々に愛されている。にもかかわらず常に振り返ってこう言うのよ。" なぜ僕が?" そんな人物ってそういる? またそうしない他のみんなはただのバカよ」
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ところで「十戒」を全部言える? 1968年ベトナム戦争が暗い影を落とし始めた危機の時を、安全な賭け(オーストラリアに移住した事をいう)にでて乗り切った敬虔なカトリック信者で、難しいクイズ番組"Jeopardy!"のチャンピオンでもある人物を父に持つメルなら、スラスラと順序正しく言えるだろう。
「言えるかい?」ロパータに聞いている。「そうだな....」あごをさすりながら「ベン・キングスレーのだろ、チャールトン・ヘストンのだろ......」ロパータははぐらかしてる。
「それとジム・キャリーの新しいバージョン」メルが加える。まっすぐに座り直して「じゃこう言おうか。10まで数えられるかい? 僕はできるよ、フランス語でね」メルも茶化してる。
「2、3個だな」ロパータが白状する。「順序はめちゃくちゃさ。でも "汝、殺すなかれ" これだけは忘れない。これ一つでオーケイさ」メルはこのゲームを中断して食べ物に取り組む。マッチ棒で口に運んでいる。
「知りたいと思えばすぐにわかるさ」マッチが折れる。彼は首を巡らして遠くへマッチを吐き飛ばした。
「僕は全部言える」悪戯っぽい笑い。「だってそのほとんどを破ってるからね」ニヤリ。
「彼のあのちょっと独特で複雑な人柄がどこから来てるのか分析を試みるなら...」と言うのはボナム=カーター。
「最終的にはカトリシズム、オーストラリア育ち、そしてアイリッシュの血。これに尽きると思う」
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